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担当者コラム

第二十四回 ―サエグサくんのこと―

2017.09.21

すこし前のことになりますが、こんなことがありました。
ある冬の日の午後、子どものアトリエに一人の青年が訪ねてきました。
「あのう、僕サエグサといいますが。」
背の高いその青年は恥ずかしそうに話を切り出しました。
「じつは僕、幼稚園の頃、ここに来たことがあるんです。」
聞けばサエグサくんは、大学を卒業するにあたり、自分の子どものころに撮られたいくつかの思い出の場所(とりわけ、みなとみらい地区)を、カメラをもって訪ね歩いているとのこと。「自分を育んでくれた横浜の街」という主旨のフィールドワークを卒業制作のテーマに、少し古くなった写真を手がかりに訪ねてきてくれたのでした。

 

 サエグサくんのこと1

 

サエグサくんの持っていた写真は1994年頃、彼が年長(5歳児)の時に幼稚園の遠足で「子どものアトリエ」を訪れたときのものでした、60人以上の園児と先生が写っています。「サエグサくんはどこ?」と尋ねると、前列右から3番目の子どもを指して「これが僕です。」おかっぱ頭のその男の子はにっこりとほほ笑んでこちらを見ています。目の前の青年のおもざしがそのままでした。サエグサくんのリクエストは、同じ場所に座って今の写真を撮りたいということでした。これがその時の写真です。

 

サエグサくんのこと2

 

最初の写真との間に17年の時が流れています。私はもう“お姉さん”ではなくなりました。

「幼稚園で来た時は何をしたの?」「絵の具をやりました。」サエグサくんはパンツ一枚で絵の具まみれになって遊び、楽しかったそうです。その記憶を裏づけるように子どものアトリエの記録画像には床一面に敷き詰めた紙の上で絵の具の活動をくり広げるパンツ一枚の子どもたちが写っています。この中のどこかに彼もいるんですね。(子どものアトリエでは開館以来のほとんどの講座記録を撮り残しています。)

 

サエグサくんのこと3

 

その後、サエグサくんは美術館だけでなく他の場所についても同じアングルで撮り、昔と今を並列する形でアルバムにまとめました。そのプロセスは単なる比較にとどまらず、目に見えぬものに気がつく「しかけ」になったと周りの人に話したそうです。とりわけその行為が家族との時間を見つめ直すきっかけになったことは、今のサエグサくんのクリエーターとしての仕事にもつながっています。

サエグサくんの試みに触れ、私はどの人にも子ども時代があり、まわりの大人たちに守られて成長してきたことをあらためて感じました。子どもたちが元気に笑い、走り回る、明日のことが楽しみにできる、そんな日々のくらしを守ってあげること、それが大人の役わりだとすれば、サエグサくんの記憶の中に子どものアトリエが楽しかった場所として残っていたことは私たちにとってはうれしいご褒美でした。17年ぶりの再会は、さまざまな“つながり”に思いをはせながら、そういえば私自身の幼稚園時代はいつもこんな感じだったことを思い出しました。

 

サエグサくんのこと4

 

筆者、いたずらをして逃走中。(4~5歳)

 

横浜美術館子どものアトリエ
山﨑 優(やまさき ゆう)