ページの上部に戻る
文字サイズ

担当者コラム

第六回 日常のひとひらのように―美術館の鑑賞プログラム(横浜美術館)

2017.09.21

空気がどんどん、秋の黄金色になっていきますね。

『子どものいる風景~活動現場から』の6回目は、

横浜美術館のレポートです。

 

みなとみらいに位置する横浜美術館は、

「さまざまな人に開かれた美術館」を目ざして、

鑑賞プログラムをさらに充実させようとがんばっています。

「さまざまな人」のなかで、子どもたちはもちろん、大切な構成員。

 

▲ 作品を見つめる目は、嬉しいくらいキラキラしています。

 

子どもたちとのプログラムでは、予想もしなかった感想が噴出します。

毎日毎日、展示室で作品を見ている我ら美術館スタッフでさえ、

見えていなかった、気づいていなかったことを教えられるほど、

子どもたちの視線は、純粋で、鋭くて、強い。

その新鮮な反応には、とにかく魅了されずにいられないのですが、

同時に私は、「目立つ反応」ばかりに注目しないように、

という自戒も抱いています。

 

8月に開催した「夏休み子どもフェスタ2013」で、こんなことがありました。

「子どもフェスタ」は、作品をさがすゲームからスタートして、

作品や作者にまつわる話をしたり、絵や彫刻の材料を見せたりしながら、

子どもたちを主体的でゆたかな鑑賞へと導くプログラムです。

今年は手で触れていいブロンズ彫刻も登場。

 

▲ 子ども・大人を問わず大人気だった「さわれる彫刻」。

いつもは「子どものアトリエ」の入口に展示しています。

 

ある日、小さな男の子がお父さんとやってきました。

いろいろ話しかけても、これといった反応は示さない。

「まだ2歳だから、あんまり話せないんです」と、申し訳なさそうにお父さん。

さわれる彫刻を前にしても、その子は人物像の腕をじっと握っているだけ。

ところが、その握りかたが特別でした。

動かないのです。

なでたり、さすったりするでもない。叩いてみるわけでもない。

同じところを、ただじっと握りしめ、じっと見つめているのです。

やがて、ちょっと別行動をしていたお母さんが到着。

「さ、電車、乗りに行こっか?」

微動だにせず、男の子が答えます。「でんしゃ、のらない。」

なんと明快にして強固な反応! これは驚きでした。

 

冷たく硬く、ごつごつしたブロンズの手触り。

でも、彼の手のなかで、金属は徐々に熱を帯びていったはず。

そのゆるやかな変化を受ける掌から全身にかけて、

いったいどれほどの感覚が動いていたのか、

それは見ることはもちろん、想像することさえできません。

でも、彼の小さな身体の中では、確実になにかがうごめいていたのです。

そして、彼が自分の外に広がる世界を確認しているあいだ、

かたわらで静かに見守っていたお父さんと、

我が子が納得するまで「電車」を待ち続けたお母さんのすがたは、

プログラムに課している「自戒」へと、私を立ち戻らせてくれました。

 

大人は、自分たちが嬉しくなるような反応を、ついつい子どもに求めてしまう。

そういう欲求には、どこか性急で、慌ただしさがつきまといます。

でも、子どもたちの時間は、もっとゆったりと流れている。

その一方で、彼らの内には次々と、「はじめてのこと」「新しいもの」が侵入し、

驚きや発見や疑問が、ごうごうと音を立てて渦巻いているのでしょう。

 

美術館の前の噴水の周辺は、近所の子どもたちのお散歩コースです。

夏の陽にあぶられたアスファルトの道路に、掌を当てている子。

噴水の縁にしゃがんで、水の奥をのぞきこんでいる子。

階段を一段一段、よいしょ、よいしょと昇ったり降りたりしている子。

 

▲ 大好きなお父さんとお散歩? 両手を伸ばして水しぶきを確認中。

 

これら日常の、何ということもない行為は、

記憶に明確に刻まれることなく、やがては忘れられていくにちがいない。

でも、外界に触れ、その感触をひとつひとつ確認していく作業の積み重ねこそ、

私たちの感性や想像力の、最大の基盤をなしているのです。

 

派手派手しく記憶に残らなくてもいい、

忘却の彼方に消えていくように見えながらも、

子どもたちの想像力に溶けこんで、それを豊かにしていく、

眼には見えない栄養素みたいなワークショップを実現できたら、

と願わずにいられません。

日常のひとひらのような、ささやかだけれども大切な、

そんななにかを提示できたとき、美術館という場は、

本当の意味で「開かれた」ものになるのではないか――。

 

・・・なーんて、自分でもちょっと照れくさくなってしまう理想を胸に、

彫刻を握りしめていた男の子を思い返しつつ、

美術館の前を行き交う多くの人たちの姿を眺めつつ、

進化波に乗り切れなかったカモノハシのようにのんびりと、

また次のプログラムを練りながら、みなさまのご来館をお待ちしています。

 

 

横浜美術館

教育普及グループのカモノハシ

 

 

 

 

今度の「おやこで楽しむコレクション展!」は、12月21日です。

(10月13日の回は締切りました)

詳しくはこちらをご覧ください。